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松山地方裁判所宇和島支部 昭和53年(ヨ)19号 判決 1979年3月22日

債権者

赤松忠雄

外五七二名

右訴訟代理人

井上正美

津村健太郎

債務者

宇和島市

右代表者市長

山本友一

右代理人

松本宏

右指定代理人

麻田正勝

外一〇名

主文

一、債務者は、別紙物件目録(一)の土地上に現在建設を計画しているごみ焼却場を建設してはならない。

二、債権者らのその余の申請を却下する。

三、申請費用は債務者の負担とする。

事実《省略》

理由

一申請の理由(一)及び(二)の各事実(債務者は地方公共団体であるが、本件予定地上にごみ焼却場の建設を計画していること、債権者らが各肩書住所地に居住する債務者の市民であること及び本件予定地と債権者らの住所地との距離関係が債権者ら主張のとおりであること)は、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、本件申請は、本件焼却場が建設され稼動するならば、債権者らがいわゆる受忍限度を超える被害を被るおそれがあるとして建設工事の差止めを求めるものである、債権者らを個別にみるならば、その被るおそれのある被害は個々的に異なることは否めない。しかし、本件申請における適格を判断するに際して債権者にその被害を疎明すべきであることは煩瑣に過ぎ、特に仮処分の段階ではその緊急性に鑑みても、地域的なまとまりとして捉え、建設地予定地との距離、地形上の特性等を考慮して明らかに申請適格を欠くとみられる者以外は一応適格であるとして判断を進めるのが相当であると解される。

本件の場合、前記争いのない事実及び<証拠>によれば、債権者らはいずれも本件予定地を中心として概ね半径一、二〇〇メートル以内に居住する者であると一応認められ、後述の本件焼却場の規模・立地条件に鑑み適格であるとして次に判断を進める。

二債権者らは、受忍限度を超える被害の有無を判断するについて手続的な面を重視すべきであると主張し、本件での手続的な違法として、(1)債務者は本件焼却場の建設計画を樹立するについて環境影響事前評価(以下「環境アセスメント」という)を実施していないこと、(2)本件予定地の選定について代替地との比較検討を十分尽していないこと、(3)周辺住民の同意を得ていないことを言う。

そこで、本件差止請求に対する当裁判所の判断の枠組(特に右手続面の主張の取扱い)をここで示しておく。

債権者ら主張の手続的な面での主張の(1)環境アセスメントについて、立法論としては一定の事業施行者に右義務を課すことを検討することに大きな意義があると言えるかもしれないが、現行法上ではいまだ右義務を事業施行者に課したとみる法的根拠を見出しえない。

なるほど、公害対策基本法や自然環境保全法によれば、地方公共団体に環境保全義務が課せられていること、国が補助する公共事業については事前に環境に及ぼす影響の内容・程度を調査研究せしめる旨の昭和四七年六月六日付閣議了解があること、廃棄物処理施設整備国庫補助事業に係る施設の構造に関する基準について(昭和五二年六月一〇日環境第四六号環境衛生局水道環境部長から各都道府県知事あて通知)の添付「ごみ処理施設構造指針」(以下「構造指針」という)では環境汚染を未然に防止するため、これらに関する諸対策について事前に評価を行わなければならない旨規定されていることはいずれも債権者ら主張のとおりである。しかし、公害対策基本法や自然環境保全法の規定から直ちに地方公共団体の施行する工事について環境アセスメントを実施すべき義務があることを導き出すことはできないし、右閣議了解や構造指針はその形式からも明らかなように行政上の指針であつて法的義務にまで高められたものとは到底解しえない。

また、(2)の代替地の検討や(3)の周辺住民の同意についても債務者において建設計画樹立までの過程で十分な努力を尽すのが望ましいことは言うまでもないが、本件差止請求の理由となりうるかの観点よりみるならば、代替地との比較検討が十分でないことや、住民の同意がないことをもつて直ちに本件焼却場の建設が許されないことの結論を導き出せるものではないと解される。

結局、本件申請の理由の中心は債権者らが本件焼却場の建設及び稼動により如何なる被害を受けるおそれがあるかに存し、債権者らが何ら被害を受けるおそれがないならば、他の手続的な違法を理由として工事の差止めを求めることはできない。一方、本件焼却場により債権者らが被害を受ける蓋然性があると認められる場合には、工事の差止めを認めるかの判断に際し、なお焼却場のもつ公共性、必要性と債権者らが受けるおそれのある被害との比較衡量のうえ、あえて建設を認めるべき特別な事情が存するかが問題となる余地があり、その場合債務者が環境アセスメントを実施したか、立地条件につき代替地との比較検討に意を尽したか、あるいは住民に対し誠意をもつて説得に当つたか等が判断の要素となりうると考える。

三以下右にしたがつて判断を進めるが、まず、債務者が建設を予定している本件焼却場の規模、構造を概観するに、<証拠>を総合すれば、次の事実が一応認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

1  本件焼却場は三炉三系列で一日の処理能力一〇〇トン・一六時間稼働の准連続式焼却炉である。

2  ごみ収集車によつて運ばれてきたごみは、プラットホームからゴミピット(三日分のごみを貯蔵する能力をもつ)内に投入され、ごみクレーンで作動するバケットにより、給じんホッパーから炉内に選ばれる。炉内は乾燥ストーカ、燃焼ストーカ、後燃焼ストーカの部分から成り立つており、ごみはここで乾燥され、燃焼されるが、その時に生ずるガスは七五〇度から九五〇度の高温であるためこれを冷却室に導き、霧状の水を高圧で噴射して二〇〇度ないし三〇〇度の温度に下げる。そして、排ガスはダクト煙道を通つてマルチサイクロン及び電気集じん機内に流れて除じんされる。こうして各炉毎に右の過程でごみを焼却し、排ガスを冷却・除じんしたあと、排ガスは一本の煙突に集められて吐出される。

3  右の過程で大量の水が使われるが、この水は循環再使用され外に放流されることはない。焼却後の残灰は灰出しコンベアーで灰ビットに集められ、トラックで外部に運び出され埋立処理がなされる。

4  焼却炉の設計に当つては、焼却対象のごみ質の分析が必要であり、これによつて排ガス量等に影響をきたすものであるが、本件では、ごみ質につき低位発熱量を六五〇Kcal/kg、一、二〇〇Kcal/kg一、八〇〇Kcal/kgの三段階で想定し、各々の排ガス量(三炉当り湿りガス基準を二二、一〇〇Nm3/h、三一、〇〇〇Nm3/h、四三、五〇〇Nm3/hとみている。

四右の規模を有する本件焼却場に対する各種公害防止関係法令による規制を検討するに、次のとおりである。

1  ばいじんの排出規制について、廃棄物処理法八条、同法施行令四条によれば、一日の焼却量が二〇〇トン未満の焼却炉では、0.7g/Nm3以下と規定され、本件焼却炉はこれに該当する。しかし、同じくばいじんに関する規制をしている大気汚染防止法二条一項二号、三条一項、二項二号、同法施行令別表第一の一三、同法施行規則別表第二の二六によれば、焼却能力が一時間当り二〇〇キログラム以上の廃棄物焼却炉において発生するばいじんの排出基準は排出ガス量が四〇、〇〇〇Nm3/h(湿りガス基準)以上の場合0.2g/Nm3h、四〇、〇〇〇Nm3/h未満の場合0.7g/Nm3となる。ここで債務者は、本件の如く三炉三系列の煙道が一本の煙突に通じてこれから排ガスが吐出される場合、右にいう排出ガスが四〇、〇〇〇Nm3/h以上であるかどうかの算定は一炉毎になすべきであると主張し、一炉毎でみれば、本件焼却炉の排出ガス量は四〇、〇〇〇Nm3/h未満であるからこれに対する規制基準は0.7g/Nm3という。しかし、大気汚染防止法によるばいじんの排出規制は排出口における濃度を規制する方式がとられており(同法三条二項二号)、ばいじんは施設の種類によつて排出量や形状・性質が異なるため施設の種類によつて基準を区別し、さらに濃度規制方式の場合排出ガス量の大きい施設では低濃度であつても、量的には多量のばいじんを排出することになるため、規模の大きいものには厳しい基準(低濃度)を設定してその欠陥を補つている。このような規制方法及び法の趣旨からすれば、本件焼却場についても排出口である一本の煙突から排出される最大ガス量は四〇、〇〇〇Nm3/hを超えるものとして設計されている以上、より厳しい規制値である0.2g/Nm3をもつて規制基準であると解するのが相当であつて、債務者の主張は採用できない。

2  窒素酸化物の排出規制は、昭和五二年六月一六日総理府令第三二号による大気汚染防止法施行規則の改正により、排出ガス量が四、〇〇〇〇Nm3/h以上の廃棄物焼却炉が新設される場合二五〇ppm以下の濃度規制を受けることになつた。本件焼却場は前項で判断したように最大排出ガス量四〇、〇〇〇Nm3/h以上の施設として扱うべきであるから窒素酸化物についても右規制対象となると解される。右の判断と異なる乙第一四八号証は採用できず、規制を受けないとする債務者の主張は失当である。

3  塩化水素の排出規制は、前記総理府令第三二号により昭和五二年六月一八日以降に新設される廃棄物焼却炉で焼却能力が二〇〇kg/h以上のものにつき七〇〇mg/Nm3と設定されており、右の値を容積濃度に換算すれば四三〇ppmとなり、本件焼却場にそのまま適用される。

4  硫黄酸化物については、大気汚染防止法三条一項、二項一号、同法施行規則三条により宇和島市においてはK値17.5で計算され三、八九七ppm以下となる。

5  その他悪臭、騒音、振動については、本件予定地が規制区域外であるため、各規制法規の適用をみない。

五久保田鉄工の保証値

<証拠>によれば、前項で説示した各規制基準に対し久保田鉄工は次のとおり焼却炉の性能を保証していることが一応認められる。

1  ばいじんにつき0.05g/Nm3以下

2  窒素酸化物につき一〇〇ppm以下

3  塩化水素につき四三〇ppm以下

4  硫黄酸化物につき一〇〇ppm以下

六塩化水素の排出濃度について

1  以上を前提としてこれから本件焼却場が現在の計画のまま建設され稼働する場合債権者らにどのような被害を与えるおそれがあるかを検討していくが、前記各排出規制基準を充たすかどうかは、施設から排出される有害物質の与える影響を予測する一応の指標となりうるものと解されるところ、当事者間で最も争われている点は塩化水素の排出についてであるからまずこの点につき検討する。

<証拠>によれば、久保田鉄工が当初債務者に提出した見積仕様書では「ごみの分析及び炉完成後運転してみなければ判りませんので、四三〇ppmの規制値の保証は無理と考えます。」旨記載されていたこと、その後久保田鉄工が補正のため提出した仕様書では、「ごみ中のプラスチック混入率を八%に抑えた場合、これから生ずる塩化水素と他の塩化物等から生ずる二〇〇ppm程度の塩化水素を併せて六〇〇ppmの発生量であれば、ガス冷却室によつて規制値以下に除去できる。」旨記載されていることが疎明されており、塩化水素の排出濃度に関する性能保証につき久保田鉄工はその考えを変えていることが窺える。

2  そこで、以下久保田鉄工の保証値が実体に即応するものかをみていくが、まずごみ焼却場における塩化水素の発生原因をみるに<証拠>によれば、ごみ中にある廃プラスチック類に含まれている塩化ビニールが燃焼分解して塩化水素となること、こうして発生するのが大部分であり、他に厨芥類にある塩分等が分解して生じたり、他の塩化物からも若干生ずることが認められる。してみれば、塩化水素の発生量はごみ質、すなわち焼却されるごみの中にどれ程の塩化ビニール系プラスチックが混入されているかによつて異なつてくることになる。ところが、証人内藤博は、宇和島市においてこれまでかかるごみ質の分析をしたことがなく、債務者が久保田鉄工に本件焼却場の設計を求めた際、久保田鉄工は宇和島市のごみ質を想定するにつき直接の資料がないため、人口や立地条件の比較的似ていると思われる天草、桜井、相良、松江、桐生の各都市のごみ質で代替させたと証言し、右証言に乙第一〇三号証を併せれば、久保田鉄工は設計時点で郡市ごみ処理施設排ガス規制委員会の報告書で引用する塩化水素発生の理論式に0.4を乗じ、これに二〇〇ppmを加えたものを実測推定値とする方式(都立大学平山教授提唱のもの)に基づき、低位発熱量六五〇Kcal/kg、乾燥ごみ中のプラスチック類の割合8.5%として(内三〇%を塩化ビニールと仮定)として六〇〇ppm、同じく一、二〇〇Kcal/kg・8.7%の場合六〇一ppm、一、八〇〇Kcal/kg・10.7%の場合六〇三ppmの塩化水素が炉出口煙道での実測推定濃度となる旨試算したことが認められる。債務者が本申請における証拠調べの段階で提出した京都大学教授岩井重久作成の鑑定書(以下「岩井鑑定書」という)及び証人岩井重久の証言でも、炉出口煙道での塩化水素濃度は久保田鉄工の右試算結果を下回るものではないことが認められる。なぜなら、右証拠では廃プラスチック中の塩化ビニールは焼却炉内で塩化水素ガスとなるが、これが煙突から排出されるまでにそのうち六〇%が除却されること、すなわち発生した塩化水素のうち四〇%だけがガスとなつて煙突から排出されるとし、この割合をガス化率と称していること、右を前提として、煙突から排出される塩化水素濃度を乾燥ごみ中のプラスチック類の混入割合が一〇%の場合三二四ppm、八%の場合二五九ppm、五%の場合一六二ppmとなる旨試算している。これを炉内での発生時の濃度(除却前のもの)に逆算すると、それぞれ八一〇ppm、六四七ppm、四〇五ppmとなるからである。しかも、右証拠によれば、六〇%の塩化水素が除却される工程として炉内、ガス冷却室及びマルチサイクロンや電気集じん機を挙げており、各工程での除却比率の数字こそ定かでないが炉内での除却割合が最少であるとしていることからも炉出口煙道での塩化水素濃度は久保田鉄工の試算と異ならない。

してみれば、炉出口煙道で六〇〇ppmを超える塩化水素の発生が予測される以上、その後の工程でこれが除却されることが債務者側から明らかにされない限り、前記排出濃度の規制値を守りうるとは認められない。

3  そこで、次に塩化水素の除却過程を検討する。

前掲<証拠>によれば、ガス冷却室においてシャワーリングにより三〇%程度は除去される旨記載されており、添付の実測値表(内藤証言により久保田鉄工が桜井市に建設した焼却場で同社が測つたものと認められる)でもガス冷却室の入口と出口での測定で平均三五%の除去率が示されている。しかし、内藤証人は、炉出口から以降の塩化水素の除去につき、ガス冷却室内で高温のガスに水を噴射するが、この時ガス内に粉じん(ダスト)として存在した酸化カルシウムと酸化カリウムと塩化水素が化学反応を起し、塩化カルシウムや塩化カリウムが形成され、これが電気集じん機で除去される旨証言し、前掲乙第一〇三号証の記載との矛盾をきたした。右証人は、ガス冷却室において塩化水素は噴射された水に溶けて約五%が下に滴り落ちるとも証言するが、これは前記構造指針においてガス冷却室の水は完全蒸発させるべきであるとしていること(その理由は水に溶けた塩化水素は塩酸となつて金属等を腐蝕させるためと解される。)と矛盾する。また、右証言中、塩化水素が、ダクト中の酸化カルシウムや酸化カリウムと化学反応を起し、金属塩化物となり集じんされるとする点は、原理的には甲第九四号証にいう乾式の塩化水素除去装置に通じるものがあるが、右内藤証言を是とするにはダスト内に塩化水素と反応してこれを除去するに足りる金属酸化物が存在することが必要となるが、これを肯定する資料は見当らない。乾式の塩化水素除去装置はこの点一定量の水酸化アトリゥムを噴霧することでこの条件を充たそうとするものである。

以上述べたほか、日本環境衛生センターの職員で本件見積仕様書の審査に当つた証人二見寿之もガス冷却室で塩化水素を除去することには多くを期待することができないと証言していることをも併せ考えれば、乙第一〇三号証や内藤証言のうち塩化水素除去に関する部分は信用できない。

次に、岩井鑑定書及び証人岩井重久の証言中塩化水素除去に関する部分をみるに、その骨子は「灰分あるいはダストの中にある酸化カルシウム等金属酸化物と化合して塩化カルシウム等金属塩化物となつて集じんされる」というにあるが、ダスト内に除去するに足る酸化カルシウム等が常時存在するとの前提をとりえないことは前記のとおりであるし、ガス化率を四〇%とし、すなわち発生した塩化水素のうち六〇%が除去されるとするのはメーカーである久保田鉄工の言い分よりも高い除去率であり、右証言によるもかような高率の除去が特別の装置なくして実現可能だとする根拠は必ずしも明らかでない。

4  以上は理論的な面での検討であつて、本件の如きは現実に稼働している施設での実測値から検討することも欠かせないものである。

本申請において債務者が提出した疎乙号証の中には、ごみ焼却場からの排煙中塩化水素の濃度についての測定資料があり、その結果では規制値を下回る低濃度の排出にとどまつている旨の記載が散見される、なるほど、各測定結果そのものは正しいものかも知れないが、ごみは生きものと言われるようにその時々のごみによつて質が異なり結局塩化水素の排出濃度も異なつてくるものであつて、右の断片的な測定結果をもつて直ちに各焼却炉からの排出濃度が規制値を下回つていると推測するわけにはいかない。そして、<証拠>によれば、久保田鉄工の見積仕様書中「ごみ焼却施設における有害ガス排出量測定結果」を記載した一葉に塩化水素につき天草が四九八―六一〇ppm、相良が四三〇―六一三ppm、桜井が二〇〇―七六七ppmと表示されており、規制値を上回つている。前記のとおり右三施設はいずれも久保田鉄工が本件焼却場を設計するに当り、ごみ質の想定をなすにつき参考とした都市であることに鑑みれば、なおさら、本件焼却場においても右のような高濃度の塩化水素が排出されるのではないかとの懸念を抱かせるものである。また、右書証が本申請前メーカーから注文書に出されていたものだけに、当裁判所は、信用を措くに値するものと考える。

5  こうして、本件焼却場には、理論上も、実際上も規制値を超える塩化水素が排出されるおそれが認められ、これを避けるためには徹底した分別収集を実施して焼却対象のごみ中にプラスチックが混入することを防止しなければならないことになる。久保田鉄工が当初見積仕様書でこの点を債務者に要求したことも無理からぬところである。そこで、宇和島市におけるごみの分別収集体制を検討するに、<証拠>によれば、債務者は昭和四三年頃から可燃物・不燃物の区別で分別収集をしていたが、本申請が提起され、廃プラスチックに問題があることが指摘されてのち、昭和五三年九月頃から、廃プラスチック類の分別の重要性を意識し、市の広報や婦人会連合会、青年会議所の団体を通じてプラスチック類を不燃物類に入れて出すようにとの趣旨を徹底させようとしたことが認められる。しかし、<証拠>によれば、塩化ビニール系のプラスチック類は生活様式の変化に伴つて次第に各家庭に浸透し、現在では廃棄されるごみの中に日用雑貨、包装用の袋、バツク、フイルム等の含まれうる可能性が高いことが認められ、これを徹底して分別するには、辛抱強く引続いた広報活動を進めること及びそのための時日を要するものと考えるのが相当であり、プラスチック類の分別を呼びかけて一か月後の検査結果として乙第一五一号証を提出して早くもかなりの分別効果を挙げたとする債務者の態度(証人田中千里の証言)こそ甚だ安易に過ぎるものと言わざるを得ない。

6  なお、有毒ガス除去装置につき債務者は計画当初から費用がかかりすぎるとして設置しない方針であつたと主張しつつも、審理の最終段階で右装置の設置も可能だとする疎明を提出したが、何ら具体性をもつものではなく、従来の債務者の態度に照らしても本件焼却場による被害を判断するのに右装置が設置されるとの前提は採りえない。

7  以上述べたところから、現段階の建設計画をもつてしては塩化水素の排出を規制値以下に抑えることはできず、これを超える排出がなされる蓋然性(必ずしも常時規制値を超える排出がなされることを意味しない。)は極めて高いものと判断される。

七窒素酸化物・硫黄酸化物の排出について

<証拠>によれば、ごみ焼却場における窒素酸化物の発生は熱的生育によるものと燃料起源による生育とが考えられるが、量的には前者を原因とするのが大部分であること、これは焼却炉内の温度が九五〇度から一、〇〇〇度を超える高温になつた時、空気中の窒素が遊離して生ずるとされているものであつて、計算上では九五〇度の場合二〇八ppm、一、〇〇〇度になると二九四ppmの発生が予測されていることが一応認められる。したがつて、窒素酸化物の発生濃度を前記規制値二五〇ppm以下抑えるためには焼却炉内の温度を九五〇度以下に制御しなければならないことになる。しかし、焼却対象たるごみの成分如何によつては高温状態となりうる(特にプラスチツク類の混入率が高ければ異常高温を招くおそれがある。)もので、前掲証拠によれば、久保田鉄工は本件焼却場について、炉の出口での温度測定を行ない、七五〇度から九五〇度の範囲内で燃焼することを計画し、高温になつた場合には騒音器が鳴ることで運転管理者に知らせて炉内温度を下げる方法を採つていることが認められる。したがつて、窒素酸化物の排出については建設後稼働を始めた際の運転管理体制如何が大きく作用することになるし、ごみ中のプラスチツクを減らすことがここでも炉内温度の上昇を防ぐために重要な点となる。したがつて、現段階ではなお規制値を超える窒素酸化物の排出がなされる蓋然性は存すると言えよう。

硫黄酸化物の発生については、前掲の証拠によれば、ごみ中に含まれる硫黄分による発生と助燃剤として用いる灯油の燃焼による発生が予測されること、助燃剤について久保田鉄工は当初重油を使用することで見積仕様を提出していたが、硫黄酸化物の発生を抑えるため重油よりも発生の少ない灯油に変更したこと、右変更後の設計仕様を前提とすれば、通常の予測されるごみ質である限り規制値を上回る硫黄酸化物の排出がなされる蓋然性は低いことが一応認められる。

八ばいじんの排出について

<証拠>によれば、本件焼却場に設置されるマルチサイクロン、電気集じん機が作動して当初の性能を維持する限り排ガス中のばいじんを除去してメーカーの保証値0.05g/Nm3を達成しうること、集じん効率は電気集じん機が高く、保証値達成は電気集じん機に負うところが大きいことが一応認められる。

しかし、電気集じん機がどこまで当初の性能を維持しうるかの点と電気集じん機が作動しない時間帯、すなわち煙道バイパスを通して直接排煙する時がないかの点の検討を要する。<証拠>によれば、電気集じん機はプラスの集じん電極板にマイナスの電気を帯びたばいじんが吸着して集じんするものであるため、集じん電極に付着したばいじんを落とすため一定の時間間隔でハンマリングを行なうが、完全に落とし切ることはできず、集じん電極が目づまりを起し、集じん性能が低下するおそれがあること、この現象は本件のように排ガスを水噴射によつて冷却する場合、ばいじんの湿度が高いことから一層生じやすいものであることが認められる。また、バイパス運転について、証人内藤博及び同岩井重久は、停電時等非常の場合を想定したもので正常時にはその必要がない旨証言する。しかし、各機器の運転基準を説明した乙第三八号証の一七のうち電気集じんの機の運転に関する部分及び操炉開始の部分を総合すれば、ごみを投入し、燃焼ビークロストルを手動して燃焼帯の一段目までごみを搬送した段階で助燃バーナーに点火し、燃焼状態に応じてダンバーを開いてガスを煙道に導き、電気集じん磯入口での温度が二五〇度になつてはじめてこれに電源を入れる手順が示されており、この間温度が上昇するまではバイパス運転がなされるのではないかと考えられる。また証人内藤博は本件の電気集じん機には熱風ヒーターによる早期荷電装置が付けられ集じん機内を一定温度に保つているので着火後直ちに電気集じん機の使用が可能であるかのように証言するが、前掲乙第三八号証の一七には熱風ヒーターによる右集じん機内の温度は五〇度から六〇度に保つことを目安とする上記されており、熱風ヒーターも排ガス温度が二五〇度になるまでの間電気集じん機を作動させることを可能にするものとはみえない。さらに、証人岩井重久はこの点に関して、排ガス温度が電気集じん機への通電を可能にするよう高くなるまでの間、炉内で助燃バーナーを燃焼させ空だきする方法が採られると証言するが、右証言は前記認定の操炉手順に照らし本件では採用できないことが明らかである。

かように始動時にはバイパス運転がなされることは、同じく久保田鉄工が建設した中濃地区清掃工場で「EP―電気集じん機のこと―運転上の注意事項」として掲げられている掲示板を写した甲第六五号証の二に同旨のことが記載されていることによつても裏付けられるものである。

かかるバイパス運転時には、排ガスを集じん装置を通さないまま煙突から出すのであるから多量のばいじんが排出されることは明らかである。

九排煙の大気拡散(本件予定地の立地条件)について

これまで検討してきた本件焼却場における有害物質の排出の面からみて、すでに周辺住民が受忍限度を超える被害を受けるおそれがあるのではないかと推認されるが、なお、本件予定地の地形・気象等の面から、右排出物が大気中の拡散を経て周辺の土地でいかなる着地濃度となつて環境を汚染するかについて判断を進める。

1  <証拠>によれば、次の事実が一応認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

本件予定地は、標高四〇メートルの丘にあり、みかん畑を切り開いて造成した場所である。そして、煙突は高さ五〇メートルと設計されている。本件予定地周辺は北側五〇〇メートルに八九メートルの山、南西側三〇〇メートルに一一二メートル、一〇〇メートルの山々が並び、北西側は一五〇メートル位に坂下津湾の海面につながるように急峻な勾配で海岸に面し、入江の対岸の四〇〇メートル位に債権者らの住む坂下津部落が存在し、南東側はなだらかな下り斜面が続いて四〇〇メートル位で債権者らの住む別当団地、保手団地の平垣地が開けてゆく地勢である。また、西ないし南西側の直下にも住宅が立ち並んでいる。

また、宇和島測候所の集計による年平均風配図によれば年間を通じて主風向は西ないし西北の風であり、特に四月から一〇月にかけて西風が、一一月から三月にかけて西北風が主風向となつている。これを本件予定地の地形と併せれば、西ないし西北は坂下津湾から海に続く所であり、ここから東ないし東南にある別当団地、保手団地に向けての方向が主風向となるものである。次いで、同測候所集計の風速頻度表によれば、風速一メートル未満が22.3%もあり、二メートル未満でみると実に五〇%を超える割合を示している。

2  右の事実に加え、<証拠>によれば、風速一メートルや二メートル未満の場合静隠状態が生じやすくなり、サツトンの定常拡散式やポサンケの排煙上昇式では大気拡散を計り切れないものであつて、かかる静隠状態での拡散式としてはその成因のうちもつとも煙害を起し易い扇形といぶし型(ヒユーミゲイシヨン)を想定し、安全度をも考慮して高濃度の結果が導かれるホラインドの式が採用されることが認められる。乙第一四一証のアオキ企画による拡散計算でも右式によつて着地濃度を算出し、一日一六時間の稼働時間のうち、二時間分について静隠状態が生じるとしてホランドの式による算出結果で修正して着地濃度を推測している。

ホランドの式による修正が一六時間のうち二時間分で足りるかに疑問はあるが、これをさておいても、アオキ企画の試算では、まず、煙源における塩化水素、窒素酸化物の各排出量を計算するのにそれぞれの排出濃度が四二〇ppm、二五〇ppmとし、乾きガス基準による排ガス量二九、〇〇〇Nm3/hとしてこれらを乗じて算出しているが、その結果、本件予定地より六〇〇メートル離れた地点で日平均濃度がそれぞれ0.064ppm、0.039ppmとなつている。この試算結果を基に検討するに、乙第一三号証によれば塩化水素についてはその排出規制値を四三〇ppmとした理由として「平均的な排出口高さを有する施設からの塩化水素の排出が拡散条件の悪い場所であつても着地濃度0.02ppmを満足する」よう設定したとされていること、また、甲第四一九号証によれば、チェコでの着地濃度の規制値が0.02ppmであるとされていることが認められ、これらに鑑みれば、前記試算結果は、必ずしも満足すべきものではないばかりか右基準値を上回る結果となつている。また、窒素酸化物についても、乙第二九号証(昭和五三年三月二三日中央公害対策審議会の二酸化窒素の人の健康影響に係る判定条件等についての答申)によれば、大気中の二酸化窒素濃度の年平均値0.002から0.003ppm以上の地域では二酸化窒素濃度と持続性せき・たんの有症率との関係がある旨の疫学的調査報告がなされ、これをもとに長期暴露については、種々の汚染物質を含む大気汚染の条件下(ごみ焼却場からの排煙による汚染はこれに該当する。)において、二酸化窒素を大気汚染の指標として着目した場合、年平均値として0.02から0.03ppmと答申していることが認められ、前記試算結果は右目標値を上回つている。

3  以上、大気拡散及び立地条件の中で特に問題とされるべき点のみを概観しても本件焼却場の稼働による環境汚染の蓋然性はかなり高いものと認められ、前記アオキ企画の試算結果をもとにして鑑定した岩井鑑定が、大気拡散による着地濃度の予測結果に満足すべきものと判断していることは理解し難いところである。

一〇排煙による被害について

以上、本件焼却場から排出が予測される塩化水素・窒素酸化物・ばいじん等の排出濃度や着地濃度を検討してきたが、本件では、個々の物質について定められた規制値や行政上の指標をも超えるおそれがあるうえ、<証拠>にみられるようにごみ焼却場の排煙中にはごみ質に応じ多種多様の物質が混合されるものであり、これらは複雑微妙な相乗作用を示して被害を与えるおそれがあることを併せ考えるならば、なおさら債権者らに被害を与える蓋然性があると言わなければならない。また、<証拠>によれば、久保田鉄工の試算でも、ばいじんの排出量は、濃度を0.05g/Nm3に抑えたとして、ごみ質一、八〇〇Kcal/kg、一日一六時間、一か月に二五日稼働の前提で一年間に七トンを超えることが予想され、長期間に亘るこれらの降下ばいじんが蓄積されることによる土壊汚染の問題も無視できないものと考えられる。

一一排煙以外による被害について

1  悪臭について、<証拠>によれば、ごみ焼却場建設をめぐつて問題とされる悪臭には、焼却場自体から発生するものとごみ収集車の通過によるものがあること、前者のうち焼却炉内でのごみ焼却に伴う悪臭は炉内温度が七五〇度から九五〇度の高温状態となることにより分解消失するので、ごみピツトの開閉に伴つて流れ出る悪臭が主なものであること、後者については他の現稼働施設ではどこも周辺住民を悩ませており、特に夏期に収集車から路上に滴り落ちた水分から発生する悪臭が問題となつていることが疎明される。

本件において、債務者は搬入路が分散しており収集車からの悪臭を軽減するものであると主張し、疎明資料からも右主張を首肯しうるが、焼却場に近い所すなわち、各方面からの収集車が集まつてくる地点で搬入路として坂下津、保手、別当等住宅地のさほど広くない道路を使用することになる隘路があり、この点債務者に収集車の改良や収集体制の検討等一層の配慮が要請されるものである。

2  騒音、振動については、ごみ焼却場からの騒音や振動はさほど大きいものではなく、本件疎明資料によるも債権者らに被害を与える程のものであるとは認められない。

一二建設を許容すべき特別事情の存否

1 以上検討してきたところから、本件焼却場については、焼却工場自体及び立地条件ともに十分なものとは言えず、債権者ら周辺住民に被害を及ぼす蓋然性があるものと認められるので、かかる施設は原則として建設を許すべきものではないと言わねばならない。しかし、一方では、ごみ焼却場は一般市民が日々生活において廃棄するごみの処理施設として必要不可欠とまで言える程公共性の高い施設であり、現状の処理施設で日常廃棄されるごみが処理できない場合、地方公共団体としての債務者はどこかの土地に新しい焼却施設を建設しなければならない性質のものと言えよう。

したがつて、債務者が新しい焼却場の建設計画を進めるに際して、環境アセスメントを実施するなど事前に十分な調査研究をしたうえ建設場所の適地性が他より優れていることを確認して予定地を選定し、住民に対しては公害防止対策、補償問題周辺環境の整備等を含め建設に伴つて生ずる諸問題や操業についての取決めをする等誠意のある説明をしてその協力を取り付けるべく交渉したか等の事情如何では例外的に建設を許容すべき場合(一定の条件を付すことも含め)、がないわけではないと解される。以下、これらの点の検討に入る。

2 本件焼却場建設の必要性及び本件計画に至る経緯

(一) <証拠>によれば、次の事実が一応認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

宇和島市では、昭和三八年に市内別当地区に現在稼働中のごみ焼却場を建設した。この施設に当時の廃棄物を処理する規模に計画され、一日の焼却能力は三〇トンに過ぎず、しかも固定バツチ式焼却炉であつて、公害問題が今日程議論されていなかつた時期でもあり集じん装置も設置されていない。その後、現焼却場は施設が老朽化して焼却能力も一日二〇トンに落ちてきた。然るにごみ廃棄量は増加を続け現在では宇和島市内で一日六〇トンの量にのぼり、結局一日当り四〇トンのごみが焼却し切れずに残存し、目下これらを土中に埋立処分することで急場をしのいでいるが今日では埋立処分の確保に苦慮している。ここに至るまでに、債務者としても手をこまねいていたわけではなく、昭和四七年頃から近隣の三町村と合同の広城ごみ処理施設の建設を計画し、建設場所を物色していた。そして、昭和四八年四月、宇和島市高光新屋敷に焼却場建設用地を買受けて取得した。ところが、債務者の右計画に伴う用地取得理由は、周辺の住民に知らされていなかつたため、右計画を知つた住民は部落総会でごみ焼却場建設反対の決議をなすに及び、その後債務者が交渉を重ねるも建設用地に至る搬入路の拡幅用地部分の買収ができず、結局、昭和五〇年八月頃債務者は右建設計画を断念せざるを得なくなつた。そこで、債務者は、宇和島市独自でごみ焼却場を建設する方針に切替え市内に他の予定地を探し始めた。候補地としては、北宇和島町、丸穂町、松尾峠、無月峠、丸山公園が挙げられたが、いずれも用地面積の不足、必要な水や搬入路の確保ができないこと等から適地でないと判断し、昭和五二年三月最終的に現在の焼却場から約三五〇メートル北方に位置する本件予定地に現焼却場を改築することとして同月九日宇和島市長は、保手一区、別当団地、坂下津一区の四自治会長を集めて、本件予定地に新焼却場建設したい旨説明した。

ところが、別当・保手地区は昭和四八年一二月一七日「南予レクリエーシヨン都市計画」による用途地域指定で第一種住居専用地域とされ、その後住宅建設が進み急速に宅地化した場所であつた。しかも、同地区には現焼却場のほかに、し尿処理場や屠殺場があり、これらの施設により、住民は少なからず被害を受けていたため、昭和四九年六月一二日右施設の早期移転を陳情しており、当時市長もごみ焼却場については早期に他の場所に移転する旨答えていた。先の高光地区における建設計画は右の趣旨に沿うものとみられる。このため、本件予定地に新焼却場が建設される予定であることを知らされた前記四自治会では、会員間の討議のすえ、建設反対の決議をし、昭和五二年五月一七日には、その旨の署名を集めて市長に陳情した。債務者は同月二一日申請外山下保美から焼却場建設用地として本件予定地を取得した。その後、債務者と債権者らを含む地元自治会の代表との間で数回に亘る話合いがなされたが、債務者側から地元住民に対しなされた公害問題に関しての説明は形式的なものであり、昭和五三年二月六日の集会(最後の話合いとなつたもの)では、「説明する者も素人であり、聴く者も素人、素人同志でわかるはずがない。」旨答える有様で、住民の不信感は一層募つていつた。そして、同月一四日市議会で別当地区ごみ焼却場建設計画として焼却場の建設が決議された。

(二) 以上の事実によれば、宇和島市におけるごみ処理状勢は現在非常に深刻な事態に立至つており、早急に新しい焼却場を建設する必要に迫られていると言えよう。しかし、かかる事態は昭和四八・四九年頃から予測しえたことであり、それだからこそ債務者もその頃高光宇新屋敷に建設用地を取得して焼却場の建設計画を進めようとしたのである。反面、別当・保手地区はその頃第一種住居専用地域と指定され、以来住宅地として発展してきたのであつて、住民は近い将来現焼却場が移転されることを待ち望んでいたものである。このような状況下にあつて、債務者が、先の計画を断念して本件予定地を選定するについてはとりわけ地元住民に対し納得のいく説明がなされて然るべきであつた。ところが、債務者は本件予定地に建設することを前提としてその協力を要請するのみで、住民の心配する公害に対する説明資料も持合わせていなかつた。この点、本件全証拠によるも、債務者が本件予定地を選定するについて環境アセスメントを実施したことは認められない。債務者の態度は建設の必要性にのみ眼を奪われて建設を急がんとする余り、住民の健康に対する配慮を怠つていたとのそしりを免れない。債務者は地方公共団体として住民の廃棄するごみの処理をなすべき行政上の義務があると同様に住民の健康を保持する義務もあることを忘れてはならない。このような債務者の態度が債権者ら住民の態度を一層硬化させ本裁判にまで至り、益々焼却場建設が遅れ非常な事態になつたもので、この責任を債権者らに強いるわけにはいかない。

(三) 以上検討してきたところから判断するに、本件についても建設予定の焼却場がもつ公共性や必要性は十分肯認しうるも、現状に至つた責任は行政を司どる者にあつて、公共性等の故をもつて債権者らの被害に目をつぶり、建設を許さなければならないとする特別事情があるとは到底認められない。当裁判所は、今後債務者が建設場所の選定を含め、建設計画の再検討をなすとともに、全市民が自分の問題として受け止めて早急に事態の解決を図るべく努力することを切望するものである。

一三まとめ

以上の理由により、債務者が本件予定地上に建設を計画しているごみ焼却場を現在のまま建設するならば、冒頭で認定した場所に居住する債権者は程度の差こそあれ健康上・財産上の損害を受ける蓋然性が高く、人格権、土地建物の所有権、賃借権に基づいて本件焼却場建設工事の差止請求権を有すると解され、本件焼却場の建設工事が実施されようとしている以上その差止を求める必要性があるから、債権者らの本件申請のうち右の部分は正当として認容し、執行官による公示を求める部分は事案の性質に鑑みその必要性がないものとして却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条但書を各適用して主文のとおり判決する。

(阿部功 井上郁夫 岡部信也)

別紙物件目録(一)(二)<省略>

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